たま/\部屋の前を通り過ぎる時、耳をすまして中の様子を窺っても、生きているのか死んでいるのか、コトリとの音も聞えなかったが、恐らく此の間のように、母の衣裳の数々を取り出して、そのなまめかしいかおりの中に埋まっているのであろうと、滋幹は推した。
そのゝち、その同じ年であったか、明くる年であったか、晴れた秋の日の爽やかな午過ぎに、父が珍しくも前栽に出て、萩がたわゝに咲いている遣り水のほとりに、ぼんやりと石に腰かけていたことがあった。
滋幹はその時ほんとうに久振に父を見かけたのであったが、そうして石に憩うている父の恰好には、長い道中を歩いて来て、くたびれ切って道ばたに休んでいる旅人のようなところがあった。