今になって考えれば、父は逃げ去った母を鶴になぞらえ、悶々の情を此の詩に托していた訳であるが、父がこれを吟ずる時の悲痛な声の調子を聞けば、子供心にも父の胸にある断腸の思いが自分に伝わりて来るのを感じた。
前にも云うように、父の声は皺嗄れていて高い音が出せなかったし、息切れがするので声を長く引くことも出来なかったので、その吟じ方は技巧的には拙劣であったが、「九霄応に侶を得たるなるべし」と云う句、「声は碧の雲の外に断え、影は明けき月の中に沈む」と云う句、「誰か白頭の翁に伴はん」と云う句などを誦する時は、技巧を超絶した凄愴な実感が籠って、そゞろに人を動かさないでは措かないものがあった。
父は滋幹がその詩を暗誦し得るようになったのを見て、