なお滋幹は、何と云う題の詩か不明であるが、「夜深うして方に独り臥したり、誰が為めにか塵の牀を払はん」「形羸れて朝餐の減ずるを覚ゆ、睡り少うして偏へに夜漏の長きを知る」「二毛暁に落ちて頭を梳ること懶し、両眼春昏くして薬を点ずること頻りなり」「須く酒を傾けて膓に入るべし、酔うて倒るゝも亦何ぞ妨げん」等々、いろ/\とそれに似たような句があったことを、きれ/″\に覚えているのである。
父はそれらの句を、悄然として庭の片隅に彳みながらこっそり吟誦していることもあり、人を遠ざけて独りで酒杯を挙げながら、感極まった声を放って泣いて謡っていることもあったが、そんな折には父の両頬に涙が縷々と糸を引いていた。
その時分、讃岐はいつからか館にいないようになっていたのであるが、思うに彼女は母が逃げ去ると間もなく、自分も父を見限って母の方へ身を寄せたのではあるまいか。