その時分になると、父はもう狂暴性がないようになり、終日佛間にいて、冥想に耽るとか、看経するとか、何処かの貴い大徳を招いて佛法の講義を聴聞するとか、云うような日が多くなったので、乳人や女房たちは愁眉を開いて、どうやら殿も落ちついておいでになった、あの御様子なら安心ですと云って喜んでいたのであったが、しかし滋幹には、そうなってからでも矢張何となく近づきにくい、薄気味の悪い父であることに変りはなかった。
乳人はよく、佛間が餘りひっそりしていることがあると、
「若様、お父さまの所へいらしって、何をなすっていらっしゃいますか、そうっと覗いて御覧遊ばせ」