そう云う中でひとり影の如く孤坐している父を見ることは、何か奇怪な夢の世界に引き入れられた感じであったが、でもあたりには鼻を衝く屍臭が瀰漫していたので、そのために滋幹は否応なしに現実の世界へ呼び戻された。
此の、滋幹の父が女の屍骸を見た場所と云うのは、何処のことか明かでないが、蓋しその頃の京都の街には、こう云う風な屍骸の捨て場が方々にあったのであろう。
当時は痘瘡とか麻疹とか云う疫癘が流行って死人が多く出たりすると、一つには伝染を恐れるのと、一つには処置に困るのとで、何処と云うことなく、空地があれば病人の屍骸を運んで行って、しるしばかりに土をかけたり、莚で蔽うたりして葬ったものらしいので、これもそう云う場所であったかと察しられる。