そう云って、父はそれから館へ帰る途々、滋幹と並んで歩きながら次のようなことを語って聞かしたのであった。
当時の滋幹には勿論それの大要だけでも会得出来よう筈はなかったので、彼が日記に書き留めているのは、父の語った言葉そのまゝではなくて、後年、大人になってからの彼の解釈が加わっているものなのであって、それは要するに、佛家が云うところの不浄観のことであるが、筆者も佛教の教理には暗いので、誤りを冒すことなく伝え得るかどうか覚束ない。
筆者は此のことで、日頃眷顧を蒙っている天台宗の某碩学などにも尋ね、参考書なども貸して戴いたのであるが、調べ出すといよ/\深奥で分りにくゝなるばかりである。