次にいよ/\生れ出る時は、むさく臭い通路から出るのであること、生れてから後も大小便をたれ流し、鼻の孔から洟汁をたらし、口から臭い息を吐き、腋の下からぬる/\した汗を出すこと、体内には糞や尿や膿や血や膏が溜ってい、臓腑の中には汚物が充満し、いろ/\の虫が集っていること、死んでからはその屍骸を獣が噉い、鳥が啄み、四肢が分離して流れ出し、腥い悪臭が三里五里の先まで匂って人の鼻を衝き、皮膚は赤黒となって犬の屍骸よりも醜くなること、要するに此の身は生れ出る前から死んだ後までも不浄であると云うことを考える。
摩訶止観と云う書には、これらの思索の順序が述べられていて、人体の不浄なる所以が種子不浄とか五種不浄とか云う風に、細かく分けて説明されているのであるが、同書は又、人が死んでからその屍骸の変化して行く過程を描くのに委曲を盡し、第一の過程を壊相とか、第二の過程を血塗相とか、第三を膿爛相、第四を青瘀相、第五を噉相とか云う風に説いていて、まだこれらの相を諦観しないうちは、妄りに人に恋慕したり、愛着したりするけれども、もしこれらを諦観し終れば、慾心がすべて止んで、たった今まで美しいと感じたものが、とても鼻持ちならないように思えて来る。
それは恰も、糞を見ないうちは飯が喰えるけれども、一旦あの臭気を嗅いたら、胸がムカ/\して食えなくなるのと同様である、と云っている。