かの僧が夜なく山を抜け出して蓮台野へ行ったように、一度や二度でなく、何度も繰り返して屍骸の変貌するさまを観察し、壊相や、血塗相や、膿爛相を眼に馴染ませると、しまいには一室のうちにあって端坐瞑目したゞけで、それがまざ/\と見えるようになる。
いや、それどころでなく、たとい衆人の眼には絶世の美人と映ずる婦人を拉し来っても、行者の眼には一箇の忌まわしい腐肉や血膿のかたまりとして映ずるようにさえなるので、修行の功を試すためには左様な美人を実際に連れて来て眼の前に据えつゝ観念を凝らすことなどもあると云う。
で、そう云う功を積んだ行者がひとたび不浄観を行ずると、生きた美人がひとり行者自身の主観に醜悪に映ずるばかりでなく、第三者の眼にまでそう見えるようになる。