尤も「話し合う」と云っても大部分は父がしゃべり、滋幹は聞かされていたのであって、父の言葉の調子は、最初は何となく重々しく、少年の心を壓するような沈鬱味を帯びていたけれども、語り進むに従って、訴えてゞもいるような云い方になり、しまいには滋幹の思いなしか、泣きごえを出しているようにも聞えた。
そして滋幹は子供心に、相手が幼童であることをも忘れて取り乱しているような父が、とても観念を成就することなどは出来ないであろう、恐らくいくら修行をしても徒労に終るのではあるまいか、と云うような危惧を抱いたのであった。
彼は、恋しい人の面影を追うて日夜懊悩している父が、苦しさの餘り救いを佛の道に求めた経路には同情が出来たし、そう云う父を傷ましいとも気の毒とも思わないではいられなかったが、でも、ありていに云うと、父が折角美しい母の印象をそのまゝ大切に保存しようと努めないで、それをことさら忌まわしい路上の屍骸に擬したりして、腐りたゞれた醜悪なものと思い込もうとするのには、何か、憤りに似た反抗心の湧き上るのを禁じ得なかったのであった。