いったい、普通の人情からすれば、逃げ去った妻を諦めきれない夫として、その妻が彼に生んでくれた一人の男の子を、今少し可愛がってもよい筈であり、妻への愛情をその子に移すことに依って、いくらかでも切ない思いを和げようとすべきであるが、滋幹の父はそうでなかった。
彼の場合は、彼を捨てゝ行った妻そのものを取り戻すのでなければ、他の何者を、たといその人の血を分けた現在の我が子を持って来ようとも、決してそんなものに胡麻化されたり紛らされたりするのではなかった。
それほど父の母を恋うる心は純粋で、生一本であった。