そんな訳なので滋幹は、最後の一年間ばかりの父の精神生活について、父自身からは何も聞き得なかったのであるが、でも、父が一時止めていた酒を再び嗜むようになったこと、依然として佛間に閉じ籠ってはいたけれども、もうその壁には普賢菩薩の像が見えなくなっていたこと、そして経文を読む代りに、いつか又白詩を吟ずるようになっていたこと、等々には心づいていたのであった。
その十一
筆者は、老大納言がどう云う精神状態に於いて死んだかについて、せめてもう少し委しい資料を得たいのであるが、何分にも滋幹の記録にはこれ以上のことを見出だせないので、たゞ、前後の事情から判断を下し、最後には遂に救われなかった人として、―――いとしい人の美しい幻影に打ち敗かされ、永劫の迷いを抱きつゝ死んで行ったのであろうと、考えるより外はない。