それは前に云ったような僻みだの含羞みだのゝせいもあろうが、その外にも、滋幹には別に何か、現実の母に会うことを恐れる気持があったのではなかろうか。
思うに、昔父の老大納言が不浄観を行じた時に、母の幻影の冒涜されることを歎いて父を恨んだ滋幹、―――四十年来その人と隔絶しながら、おぼろげな記憶の中にある面影を理想的なものに作り上げて、それを胸奥に秘めて来た滋幹は、いつ迄も母を幼い折に見た姿のまゝで、思慕していたかったであろう。
然るに、それから四十年の星霜を経、さま/″\な移り変りの末に世捨て人となって佛に仕えている現在の母は、どんな風になっているであろうか。