然るに、それから四十年の星霜を経、さま/″\な移り変りの末に世捨て人となって佛に仕えている現在の母は、どんな風になっているであろうか。
滋幹の記憶する母は、二十一二歳の髪の長い頬の豊かな貴婦人であるのに、西坂本の庵室に隠栖する尼僧の母は、すでに六十歳を越した老媼であることを思う時、滋幹の心は自然冷めたい現実の前に出ることを尻込みしなかったであろうか。
彼にして見れば、永久に昔の面影を抱きしめて、あの時に聞いたやさしい声音や、甘い薫物の香や、腕の上を撫でゝ行った筆の穂先の感触や、そう云うさま/″\な回想をなつかしみつゝ生きて行く方が、なまじ幻滅の苦杯を嘗めさせられるより、遥かに望ましいことのように思えたでもあろうか。