なるほど、此の歌にある「滝つせ」は、此の流れを詠んだものであることは明かで、此の山荘が亡き中納言の別業の跡であることは、今は疑いを入れないのであった。
滋幹は、黄昏の色が又一段と濃さを増して、水の面さえ見分けにくゝなって来たので、こゝらあたりで引き返そうかと思いながら、なお何となく心残りが感じられるまゝに、川瀬の石を跳び越え/\、いつか滝の落ち口より上の方へ登って行った。
もうその辺は構えの外であるらしく、泉石のたゞずまいも人為的な庭園の風情はなくて、次第に殺風景な山路になっているのであったが、ふと向うを見ると、渓川の岸の崖の上に、一本の大きな桜が、周囲にたゞよう夕闇を弾き返すようにして、爛漫と咲いているのであった。