しかるに検校が父祖代々の宗旨を捨てて浄土宗に換えたのは墓になっても春琴女の側を離れまいという殉情から出たもので、春琴女の存生中、早くすでに師弟の法名、この二つの墓石の位置、釣合い等が定められてあったという。
目分量で測ったところでは春琴女の墓石は高さ約六尺検校のは四尺に足らぬほどであろうか。
二つは低い石甃の壇の上に並んで立っていて春琴女の墓の右脇にひと本の松が植えてあり緑の枝が墓石の上へ屋根のように伸びているのであるが、その枝の先が届かなくなった左の方の二三尺離れたところに検校の墓が鞠躬加として侍坐するごとく控えている。