私は春琴女の墓前に跪いて恭しく礼をした後検校の墓石に手をかけてその石の頭を愛撫しながら夕日が大市街のかなたに沈んでしまうまで丘の上に低徊していた
近頃私の手に入れたものに「鵙屋春琴伝」という小冊子がありこれが私の春琴女を知るに至った端緒であるがこの書は生漉きの和紙へ四号活字で印刷した三十枚ほどのもので察するところ春琴女の三回忌に弟子の検校が誰かに頼んで師の伝記を編ませ配り物にでもしたのであろう。
されば内容は文章体で綴ってあり検校のことも三人称で書いてあるけれども恐らく材料は検校が授けたものに違いなくこの書のほんとうの著者は検校その人であると見て差支えあるまい。