春琴伝は続けて曰く、「されば両親も琴女を視ること掌中の珠のごとく、五人の兄妹達に超えて唯りこの児を寵愛しけるに、琴女九歳の時不幸にして眼疾を得、幾くもなくしてついに全く両眼の明を失いければ、父母の悲歎大方ならず、母は我が児の不憫さに天を恨み人を憎みて一時狂せるがごとくなりき。
春琴これより舞技を断念して専ら琴三絃の稽古を励み、糸竹の道を志すに至りぬ」と。
春琴の眼疾というのは何であったか明かでなく伝にもこれ以上の記載がないが後に検校が人に語ってまことに喬木は風に妬まれるとやら、お師匠さまはご器量や芸能が諸人にすぐれておられたばかりに一生のうちに二度までも人の嫉みをお受けなされたお師匠さまの御不運は全くこの二度のご災難のお蔭じゃと云ったのを思い合わせれば、何かその間に事情が伏在するようでもある。