春琴の眼疾というのは何であったか明かでなく伝にもこれ以上の記載がないが後に検校が人に語ってまことに喬木は風に妬まれるとやら、お師匠さまはご器量や芸能が諸人にすぐれておられたばかりに一生のうちに二度までも人の嫉みをお受けなされたお師匠さまの御不運は全くこの二度のご災難のお蔭じゃと云ったのを思い合わせれば、何かその間に事情が伏在するようでもある。
検校はまたお師匠さまのは風眼であったとも云った。
春琴女は甘やかされて育ったために驕慢なところはあったけれども言語動作が愛嬌に富み目下の者への思いやりが深く加うるに至って花やかな陽気な性質であったから、人あたりもよく兄弟仲も睦じく一家中の者に親しまれたが一番末の妹に附いていた乳母が両親の愛情の偏頗なのを憤って密かに琴女を憎んでいたという。