彼は我が児以上に春琴の身を案じたまたま微恙で欠席する等のことがあれば直ちに使を道修町に走らせあるいは自ら杖を曳いて見舞った。
常に春琴を弟子に持っていることを誇りとして人に吹聴し玄人筋の門弟たちが大勢集まっている所でお前達は鵙屋のこいさんの芸を手本とせよ〔注、大阪では「お嬢さん」のことを「糸さん」あるいは「とうさん」といい姉娘に対して妹娘を「小糸さん」あるいは「こいさん」などと呼び分けること現在もしかり。
春松検校は春琴の姉にも手ほどきをしたことあり家庭的に親しかったので春琴をかく呼んだのであろう〕今に腕一本で食べて行かなければならない者が素人のこいさんに及ばないようでは心細いぞといった。