手曳きをする時佐助は左の手を春琴の肩の高さに捧げて掌を上に向けそれへ彼女の右の掌を受けるのであったが春琴には佐助というものが一つの掌に過ぎないようであったたまたま用をさせる時にもしぐさで示したり顔をしかめてみせたり謎をかけるようにひとりごとを洩らしたりしてどうせよこうせよとはっきり意志を云い現わすことはなく、それを気が付かずにいると必ず機嫌が悪いので佐助は絶えず春琴の顔つきや動作を見落さぬように緊張していなければならずあたかも注意深さの程度を試されているように感じた。
もともと我が儘なお嬢様育ちのところへ盲人に特有な意地悪さも加わって片時も佐助に油断する暇を与えなかった。
ある時春松検校の家で稽古の順番が廻って来るのを待っている間にふと春琴の姿が見えなくなったので佐助が驚いてその辺を捜すと知らぬ間に厠に行っているのであった。