いずれの楽器も蘊奥を極めることのむずかしさは同一であろうがヴァイオリンと三味線とはツボに何の印もなくかつ弾奏の度ごとに絃の調子を整えてかかる必要があるのでひと通り弾けるようになるまでが容易でなく独稽古には最も不向きであるいわんや音譜のない時代においてをや師匠についても琴は三月三味線は三年と普通に云われる。
佐助は琴のような高価な楽器を買う金もなし第一あんな嵩張るものを担ぎ込む訳に行かないので三味線から始めたのであるが調子を合わせることは最初から出来たというそれは音を聴き分ける生れつきの感覚が少くともコンマ以上であったことを示すと共に、平素春琴に随行して検校の家で待っている間にいかに注意深く他人の稽古を聴いていたかを証するに足りる。
調子の区別も曲の詞も音の高低も節廻しも総べて彼は耳の記憶を頼りにしなければならなかったそれ以外に頼るものは何もなかった。