鵙屋の御寮人は訝しみながらもその時は大して気にも止めず寝てしまったがその後二三度も夜中起き出でるごとに耳についたことがありそう云えば私も聞きましたどこで弾いているのでござりましょう、狸の腹鼓とも違うようでござりますなどと云う者も出て来て店員たちの知らぬ間に奥で問題になっていた。
佐助は夏以来ずっと押入の中でしていればよかったのだが誰も気が付きそうにないので大胆になって来たのと、何分激しい業務の余暇に睡眠時間を盗んでは稽古するのであるから次第に寝不足が溜って来て暖い所だとつい居睡りが襲って来るので、秋の末頃から夜な夜なそっと物干台に出て弾いた。
いつも夜の四つ時すなわち午後十時には店員たちと共に眠りにつき午前三時頃に眼を覚まして三味線を抱えて物干台に出るそうして冷たい夜気に触れつつ独習を続け東が仄かに白み初める刻限に至って再び寝床に帰るのである春琴の母が聞いたのはそれであった。