最初こいさんに遊戯をあてがった積りの大人たちもここに至ってすこぶる当惑した毎夜おそくまで琴や三味線の音が聞えるのさえやかましいのに間々春琴の激しい語調で叱り飛ばす声が加わりその上に佐助の泣く声が夜の更けるまで耳についたりするのであるあれでは佐助どんも可哀そうだし第一こいさんのためにならぬと女中の誰彼が見るに見かねて稽古の現場へ割って這入りとうさんまあ何という事でんの姫御前のあられもない男の児にえらいことしやはりまんねんなあと止めだてでもすると春琴はかえって粛然と襟を正してあんた等知ったこッちゃない放ッといてと威丈高になって云ったわてほんまに教せてやってるねんで、遊びごッちゃないねん佐助のためを思やこそ一生懸命になってるねんどれくらい怒ったかていじめたかて稽古は稽古やないかいな、あんた等知らんのか。
これを春琴伝は記して汝等妾を少女と侮りあえて芸道の神聖を冒さんとするや、たとい幼少なりとていやしくも人に教うる以上師たる者には師の道あり、妾が佐助に技を授くるはもとより一時の児戯にあらず、佐助は生来音曲を好めども丁稚の身として立派なる検校にも就く能わず独習するが不憫さに、未熟ながらも妾が代りて師匠となりいかにもして彼が望みを達せしめんと欲する也、汝等が知る所に非ず疾くこの場を去るべしと毅然として云い放ちければ、聞く者その威容に怖れ弁舌に驚き這々の体にて引き退るを常としたりきと云っているもって春琴の勢い込んだ剣幕を想像することが出来よう。
佐助も泣きはしたけれども彼女のそういう言葉を聞いては無限の感謝を捧げたのであった彼の泣くのは辛さを怺えるのみにあらず主とも師匠とも頼む少女の激励に対する有難涙も籠っていた故にどんな痛い目に遭っても逃げはしなかった泣きながら最後まで忍耐し「よし」と云われるまで練習した。