佐助も泣きはしたけれども彼女のそういう言葉を聞いては無限の感謝を捧げたのであった彼の泣くのは辛さを怺えるのみにあらず主とも師匠とも頼む少女の激励に対する有難涙も籠っていた故にどんな痛い目に遭っても逃げはしなかった泣きながら最後まで忍耐し「よし」と云われるまで練習した。
春琴は日によって機嫌のよい時と悪い時とがあり口やかましく叱言を云うのはまだよい方で黙って眉を顰めたまま三の絃をぴんと強く鳴らしたりまたは佐助一人に三味線を弾かせ可否を云わずにじっと聴いていたりするそんな時こそ佐助は最も泣かされた。
ある晩のこと茶音頭の手事を稽古していると佐助の呑み込みが悪くてなかなか覚えない幾度やっても間違えるのに業を煮やして例のごとく自分は三味線を下に置き、やあチリチリガン、チリチリガン、チリガンチリガンチリガーチテン、トツントツンルン、やあルルトンと右手で激しく膝を叩きながら口三味線で教えていたがついには黙然として突っ放してしまった。