春琴は日によって機嫌のよい時と悪い時とがあり口やかましく叱言を云うのはまだよい方で黙って眉を顰めたまま三の絃をぴんと強く鳴らしたりまたは佐助一人に三味線を弾かせ可否を云わずにじっと聴いていたりするそんな時こそ佐助は最も泣かされた。
ある晩のこと茶音頭の手事を稽古していると佐助の呑み込みが悪くてなかなか覚えない幾度やっても間違えるのに業を煮やして例のごとく自分は三味線を下に置き、やあチリチリガン、チリチリガン、チリガンチリガンチリガーチテン、トツントツンルン、やあルルトンと右手で激しく膝を叩きながら口三味線で教えていたがついには黙然として突っ放してしまった。
佐助は取り着く嶋もなくさればと云って止める訳にも行かず何とか彼とか独りで考えては弾いているといつまで立ってもよいと云ってくれないそうなると逆上してますますトチリ出す体中に冷汗が湧く何が何やら出鱈目を弾くばかりであるしかも春琴は寂然として一層唇を固く閉じ眉根に深く刻んだ皺をピクリともさせないかくのごときこと二時間以上に及んだ頃母親のしげ女が寝間着姿で上って来て、熱心にも程がある度が過ぎては体に毒だからと宥めるようにして二人を引き分けた。