佐助は取り着く嶋もなくさればと云って止める訳にも行かず何とか彼とか独りで考えては弾いているといつまで立ってもよいと云ってくれないそうなると逆上してますますトチリ出す体中に冷汗が湧く何が何やら出鱈目を弾くばかりであるしかも春琴は寂然として一層唇を固く閉じ眉根に深く刻んだ皺をピクリともさせないかくのごときこと二時間以上に及んだ頃母親のしげ女が寝間着姿で上って来て、熱心にも程がある度が過ぎては体に毒だからと宥めるようにして二人を引き分けた。
明くる日春琴は両親の前へ呼び出されてそなたが佐助に教えてやる親切は結構だけれども弟子を罵ったり打ったりするのは人も許し我も許す検校さんのすること也そなたはいかに上手と云っても自分がまだお師匠さんに習っているのに今からそんな真似をしては必ず慢心の基になろうおよそ芸事は慢心したら上達はしませぬ、あまつさえ女の身として男を捉え阿呆などと口汚く云うのは聞辛しあれだけはなにとぞ慎んで下されもうこれからは時間を定めて夜が更けぬうちに止めたがよい佐助のひいひい泣く声が耳について皆が寝られないで困りますと、ついぞ叱言をいったことのない父と母とが懇ろに説諭したのでさすがの春琴も返す言葉がなく道理に服した体であったがそれも表面だけのことで実際は余り利き目がなかった。
佐助は何という意気地なしぞ男の癖に些細なことに怺え性もなく声を立てて泣く故にさも仰山らしく聞えお蔭で私が叱られた、芸道に精進せんとならば痛さ骨身にこたえるとも歯を喰いしばって堪え忍ぶがよいそれが出来ないなら私も師匠を断りますとかえって佐助に嫌味を云った爾来佐助はどんなに辛くとも決して声を立てなかった