かつて門弟の胃を病む者あり、口中に臭気あるを悟らず師の前に出でて稽古しけるに、春琴例のごとく三の絃を鏗然と弾きてそのまま三味線を置き、顰蹙して一語を発せず、門弟為す所を知らずして恐る恐る理由を問うこと再三に及びし時、妾は盲人なれども鼻は確なり、匇々に去って含嗽をせよと云いしとぞ」と。
盲人なるが故にかくのごとく潔癖だったのでもあろうがまたこういう人が盲人であったとすると身の周りの世話をする者の心づかいは推量に余る。
手曳きという役は手を曳くばかりが受け持ちではない飲食起臥入浴上厠等日常生活の些事に亘って面倒を見なければならぬしこうして佐助は春琴の幼時よりこれらの任務を担当し性癖を呑み込んでいたので彼でなければ到底気に入るようには行かなかった佐助はむしろこの意味において春琴に取り欠くべからざる存在であった。