常に鶯を飼っていて糞を糠に交ぜて使いまた糸瓜の水を珍重し顔や手足がつるつる滑るようでなければ気持を悪がり地肌の荒れるのを最も忌んだ総べて絃楽器を弾く者は絃を押える必要上左手の指の爪の生え加減を気にするものだが必ず三日目ごとに爪を剪らせ鑢をかけさせたそれが左の手ばかりでなく両手両足に及んだ剪ると云ってもほとんど眼に見えて伸びていないわずかに一厘二厘に過ぎないのをいつも同じ恰好に正確に剪るように命じ剪った痕を一つ一つ手でさぐって見て少しでも狂いがあることを許さなかった佐助は実にこのような世話を一人で引き請け合間にはまた稽古をしてもらい時にはお師匠様に代って後進の弟子達に教えもした
肉体の関係ということにもいろいろある佐助のごときは春琴の肉体の巨細を知り悉して剰す所なきに至り月並の夫婦関係や恋愛関係の夢想だもしない密接な縁を結んだのである後年彼が己れもまた盲目になりながらなおよく春琴の身辺に奉仕して大過なきを得たのは偶然でない。
佐助は一生妻妾を娶らず丁稚時代より八十三歳の老後まで春琴以外に一人の異性をも知らずに終り他の婦人に比べてどうのこうのと云う資格はないけれども晩年鰥暮らしをするようになってから常に春琴の皮膚が世にも滑かで四肢が柔軟であったことを左右の人に誇って已まずそればかりが唯一の老いの繰り言であったしばしば掌を伸べてお師匠様の足はちょうどこの手の上へ載るほどであったと云い、また我が頬を撫でながら踵の肉でさえ己のここよりはすべすべして柔かであったと云った。