すこぶる上気せ性の癖にまたすこぶる冷え性で盛夏といえどもかつて肌に汗を知らず足は氷のようにつめたく四季を通じて厚い袘綿の這入った羽二重もしくは縮緬の小袖を寝間着に用い裾を長く曳いたまま着て両足を十分に包んで寝ねそれで少しも寝姿が乱れなかった。
上気することを恐れるためなるべく炬燵や湯たんぽを用いず余り冷えると佐助が両足を懐に抱いて温めたがそれでも容易に温もらず佐助の胸がかえって冷え切ってしまうのであった入浴の時は湯殿に湯気が籠らぬように冬でも窓を開け放ち微温湯に一二分間ずつ何回にも漬かるようにした長湯をすると直きに動悸がして湯気に上りそうになるので出来るだけ短時間に煖まり大急ぎで体を洗わねばならぬかくのごときことを知れば知るほど佐助の労苦真に察すべしである。
しかも物質的に報いられる所は甚だ薄く給料等も時々の手当てに過ぎず煙草銭にも窮することがあり衣類は盆暮れに仕着せを貰うだけであった師匠の代稽古はするけれども特別の地位は認められず門弟や女中共は彼を「佐助どん」と呼ぶように命ぜられ出稽古の供をする時は玄関先で待たされた。