もし春琴が今少し如才なく人に謙ることを知っていたなら大いにその名が顕われたであろうに富貴に育って生計の苦難を解せず気随気儘に振舞ったために世間から敬遠され、その才の故にかえって四方に敵を作り空しく埋れ果てたのは自業自得ではあるけれどもまことに不幸と云わねばならぬ。
されば春琴の門に入る者はかねてより彼女の実力に服しこの人を措いて師と頼む者はないと云う風に思い詰め、修業のためには甘んじて苛辣な鞭撻を受けよう怒罵も打擲も辞する所にあらずという覚悟の上で来たのであったがそれでも長く堪え忍んだ者は少く大抵は辛抱出来ずにしまった素人などはひと月と続かなかった。
按ずるに春琴の稽古振りが鞭撻の域を通り越して往々意地の悪い折檻に発展し嗜虐的色彩をまで帯びるに至ったのは幾分か名人意識も手伝っていたのであろうすなわちそれを世間も許し門弟も覚悟していたのでそうすればするほど名人になったような気がし、だんだん図に乗ってついに自分を制しきれなくなったのである