美貌で未婚でかつ資産家の娘であったからこれはいかにもありそうに思われる彼女が弟子を遇すること峻烈であったのはそういう冷やかし半分の狼連を撃退する手段でもあったと云うが皮肉にもそれがかえって人気を呼んだらしくもある邪推をすれば真面目な玄人の門弟の中にも盲目の美女の笞に不思議な快感を味わいつつ芸の修業よりもその方に惹き付けられていた者が絶無ではなかったであろう幾人かはジャン・ジャック・ルーソーがいたであろう今や春琴の身に降りかかった第二の災難を叙するに際し伝にも明瞭な記載を避けてあるためにその原因や加害者を判然と指摘し得ないのが残念であるが、恐らく上記のごとき事情で門弟の何者かに深刻な恨みを買いその復讐を受けたと見るのが最も当っているようである。
ここに考えられることは土佐堀の雑穀商美濃屋九兵衛の忰に利太郎と云うぼんちがあったなかなかの放蕩者でかねてより遊芸自慢であったがいつの頃よりか春琴の門に入って琴三味線を習っていたこの者親の身代を鼻にかけどこへ行っても若旦那で通るのをよい事にして威張る癖があり同門の子弟を店の番頭手代並みに心得見下す風があったので春琴も心中面白くなかったけれども、そこは例の附け届けを十分にたっぷり薬を利かしてあるので断りもならず精々如才なく扱っていた。
しかるにさすがのお師匠さんも己には一目置いているなどと云い触らし殊に佐助を軽蔑して彼の代稽古を嫌いお師匠さんの教授でなければ治まらずだんだん増長する様子に春琴も癇癖を募らせていたところ父親九兵衛が老後の用意に天下茶屋の閑静な場所を選び葛家葺の隠居所を建て十数株の梅の古木を庭園に取り込んであったがある年の如月にここで梅見の宴を催し、春琴を招いたことがあった。