しかるにさすがのお師匠さんも己には一目置いているなどと云い触らし殊に佐助を軽蔑して彼の代稽古を嫌いお師匠さんの教授でなければ治まらずだんだん増長する様子に春琴も癇癖を募らせていたところ父親九兵衛が老後の用意に天下茶屋の閑静な場所を選び葛家葺の隠居所を建て十数株の梅の古木を庭園に取り込んであったがある年の如月にここで梅見の宴を催し、春琴を招いたことがあった。
総大将は若旦那の利太郎それに幇間芸者等の末社が加わり春琴には佐助が附き添って行ったこと云うまでもない佐助はその日利太郎始め末社からちょいちょい杯をさされるので大いに当惑した近頃師匠の晩酌の相手をして少しばかり手が上ったけれども余り行ける口でなかったしよそへ行っては師匠の許可がない限り一滴といえども飲むことを禁ぜられていたし酔っては肝腎の手曳きの役が忽諸になるから飲む真似をして胡麻化しているのを利太郎が眼敏く見つけ、お師匠はん、お師匠はんのお許しが出な佐助どん飲みやはれしまへん今日は梅見だっしゃないかいな一日位ゆっくりさしたげなはれ佐助どんがへたばったかて手曳きになりたがってる者がそこらに二人や三人いまんねと胴間声で絡んで来るので苦笑いしながらまあまあ少しはようござります余り酔わさんようにしてやって下されと程よくあしらうとさあお許しが出たとばかりにあちらからもこちらからもさすそれでもきっと引き締めて七分通りは盃洗に飲ました。
その日一座に連なった幇間も芸者もかねて聞き及んだ高名の女師匠を眼のあたりに見噂に違わぬ姥桜の艶姿と気韻とに驚かぬ者なく口々に褒めそやしたというそれは利太郎の胸中を察し歓心を買わんがためのお世辞でもあったであろうが当時三十七歳の春琴は実際よりもたしかに十は若く見え色あくまで白くして襟元などは見ている者がぞくぞくと寒気がするように覚えた甲の色のつやつやとした小さな手をつつましく膝に置いて俯向き加減にしている盲目の㒵のあでやかさは一座の瞳をことごとく惹き寄せて恍惚たらしめたのであった。