その日一座に連なった幇間も芸者もかねて聞き及んだ高名の女師匠を眼のあたりに見噂に違わぬ姥桜の艶姿と気韻とに驚かぬ者なく口々に褒めそやしたというそれは利太郎の胸中を察し歓心を買わんがためのお世辞でもあったであろうが当時三十七歳の春琴は実際よりもたしかに十は若く見え色あくまで白くして襟元などは見ている者がぞくぞくと寒気がするように覚えた甲の色のつやつやとした小さな手をつつましく膝に置いて俯向き加減にしている盲目の㒵のあでやかさは一座の瞳をことごとく惹き寄せて恍惚たらしめたのであった。
滑稽なことは皆が庭園へ出て逍遥した時佐助は春琴を梅花の間に導いてそろりそろり歩かせながら「ほれ、ここにも梅がござります」と一々老木の前に立ち止まり手を把って幹を撫でさせたおよそ盲人は触覚をもって物の存在を確かめなければ得心しないものであるから、花木の眺めを賞するにもそんな風にする習慣がついていたのであるが、春琴の繊手が佶屈した老梅の幹をしきりに撫で廻す様子を見るや「ああ梅の樹が羨しい」と一幇間が奇声を発したすると今一人の幇間が春琴の前に立ち塞がり「わたい梅の樹だっせ」と道化た恰好をして疎影横斜の態を為したので一同がどっと笑い崩れた。
これらは一種の愛嬌であって春琴を讃える意味にこそなれ侮る心ではなかったけれども遊里の悪洒落に馴れない春琴は余りよい気持がしなかったいつも眼明きと同等に待遇されることを欲し差別されるのを嫌ったのでこう云う冗談は何よりも癇に触った。