滑稽なことは皆が庭園へ出て逍遥した時佐助は春琴を梅花の間に導いてそろりそろり歩かせながら「ほれ、ここにも梅がござります」と一々老木の前に立ち止まり手を把って幹を撫でさせたおよそ盲人は触覚をもって物の存在を確かめなければ得心しないものであるから、花木の眺めを賞するにもそんな風にする習慣がついていたのであるが、春琴の繊手が佶屈した老梅の幹をしきりに撫で廻す様子を見るや「ああ梅の樹が羨しい」と一幇間が奇声を発したすると今一人の幇間が春琴の前に立ち塞がり「わたい梅の樹だっせ」と道化た恰好をして疎影横斜の態を為したので一同がどっと笑い崩れた。
これらは一種の愛嬌であって春琴を讃える意味にこそなれ侮る心ではなかったけれども遊里の悪洒落に馴れない春琴は余りよい気持がしなかったいつも眼明きと同等に待遇されることを欲し差別されるのを嫌ったのでこう云う冗談は何よりも癇に触った。
やがて夜に入り座敷を変えて再び宴を開いた時佐助どんあんたも疲れはったやろお師匠はんはわいが預かる、あっちに支度したあるさかい一杯やって来とくなはれと云われるままに、無闇に酒を強いられぬうち腹を拵えて置くに如かずと佐助は別室へ引き退って先に夕飯の馳走を受けたが御飯を戴きますというのを銚子を持った老妓の一人がべったり着き切りでまあお一つまあお一つと重ねさせるお蔭で思いの外時間を潰したが食事を済ませてもしばらく呼びに来ないのでそこに控えていた間に座敷の方でどういう事があったのか、佐助を呼んで下されと云うのを無理に遮り手水ならばわいが附いて行ったげると廊下へ連れて出て手を握ったか何かであろう、いえいえやはり佐助を呼んで下されと強情に手を振り払ってそのまま立ちすくんでいる所へ佐助が駈け付け、顔色でそれと察した。