やがて夜に入り座敷を変えて再び宴を開いた時佐助どんあんたも疲れはったやろお師匠はんはわいが預かる、あっちに支度したあるさかい一杯やって来とくなはれと云われるままに、無闇に酒を強いられぬうち腹を拵えて置くに如かずと佐助は別室へ引き退って先に夕飯の馳走を受けたが御飯を戴きますというのを銚子を持った老妓の一人がべったり着き切りでまあお一つまあお一つと重ねさせるお蔭で思いの外時間を潰したが食事を済ませてもしばらく呼びに来ないのでそこに控えていた間に座敷の方でどういう事があったのか、佐助を呼んで下されと云うのを無理に遮り手水ならばわいが附いて行ったげると廊下へ連れて出て手を握ったか何かであろう、いえいえやはり佐助を呼んで下されと強情に手を振り払ってそのまま立ちすくんでいる所へ佐助が駈け付け、顔色でそれと察した。
しかし結局こんな事から出入りをしなくなってくれたらいい塩梅だと思っていたのに色男を台無しにされては素直にあきらめきれなかったものかまた明くる日からずうずうしくも平気で稽古にやって来たのでそれならば本気で叩き込んでやる真剣の修業に堪えるなら堪えてみよとにわかに態度を改めてピシピシと教えた。
そうなると利太郎は面喰って毎日三斗の汗を流しふうふう云い出した元来が自分免許の芸でおだてられているうちはよいが意地悪く突っ込まれたらアラだらけであるそこへ無遠慮な怒罵が飛ぶから稽古に事寄せて隙もあらばと云うようなだらけた心では辛抱しきれず次第に横着になりいくら熱心に教えてもわざと気のない弾き方をするついに春琴は「阿呆」と云いさま撥をもって打った弾みに眉間の皮を破ったので利太郎は「あ痛」と悲鳴を挙げたが、額からぽたぽた滴れる血を押し拭い「覚えてなはれ」と捨台辞を残して憤然と座を立ちそれきり姿を見せなかった