一説に春琴に危害を加えた者は北の新地辺に住む某少女の父親ではなかったかというこの少女は芸者の下地ッ子であったからみっちり仕込んでもらう積りで稽古の辛さを怺えつつ春琴の門に通っていたところある日撥で頭を打たれ泣いて家へ逃げ帰ったその傷痕が生え際に残ったので当人よりも親父がカンカンに腹を立てて捻じ込んだ多分養父ではない実父だったのであろう何ぼ修行だからと云って年歯も行かぬ女の子を苛むにも程がある、売り物の顔に疵をつけられこのままでは済まされないどうしてくれると大分過激な言辞を使ったので持ち前の聴かぬ気を出し妾の所は躾が厳しいので通っているそのくらいなら何で稽古に寄越しなさったのかと逆捻じ的の挨拶をしたすると親父も負けてはいず打つのも殴るのもよいが眼の見えぬお人のすることは危険だどこへどんな怪我をさせるかも知れぬ盲人は盲人らしく殊勝にせよと、出様によっては暴力にも訴えかねまじき気味合なので佐助が割って這入りようようその場を預かって帰した春琴は真っ青になって慄え上り沈黙してしまったが最後まで謝罪の言葉を吐かなかったこの父親が娘の器量を損ぜられた仕返しに春琴の容貌に悪戯を加えたという。
しかし生え際と云っても額の真中か耳のうしろかどこかにちょっぴり痕が附いたぐらいを根に持って一生相好が変るほどの凄じい危害を与えたと云うのは我が子いとしさに取り上気せた親心にしても余り復讐が執拗に過ぎる第一相手は盲人であるから美貌を醜貌に変ぜしめても当人にはそれほど打撃にはならないもし春琴のみを目的とするなら他にもっと痛快な方法もあろう。
察する所復讐者の意図は春琴を苦しめるに止まらず春琴以上に佐助を悲嘆せしめようとしたのではないかそれはまた結果において最も春琴を苦しめることになるのであるかく考えれば前掲の少女の父親よりも利太郎を疑う方が順当のように思われるがいかに。