利太郎の横恋慕にどの程度の熱意があったか知るべくもないが若年の頃は誰しも年下の女より年増女の美に憧れる恐らく極道の果てのああでもないこうでもないが昂じたあげく盲目の美女に蠱惑を感じたのであろう最初は一時の物好きで手を出したとしても肘鉄砲を食わされた上に男の眉間まで割られれば随分性悪な意趣晴らしをしないものでもない。
だが何分にも敵の多い春琴であったからまだこの外にもどんな人間がどんな理由で恨みを抱いていたかも知れず一概に利太郎であるとは断定し難いまた必ずしも痴情の沙汰ではなかったかも知れない金銭上の問題にしても、前に挙げた貧しい盲人の弟子のような残酷な目に遭った者は一人や二人ではなかったというまた利太郎ほど厚かましくはないにしても佐助を嫉妬していた者は何人もあったという佐助が一種奇妙な位置にある「手曳き」であったことは長い間には隠し切れず門弟中に知れ渡っていたから、春琴に思いを寄せる者は私かに佐助の幸福を羨みある場合には彼のまめまめしい奉公振りに反感を抱いていたのである。
正式の夫であるならあるいはせめて情夫としての待遇を受けているなら文句の出どころはなかったけれども表面はどこまでも手曳きであり奉公人であり按摩から三介の役まで勤めて春琴の身の周りの事は一切取りしきり忠実一方の人間らしく振舞っているのを見ては、裏面の消息を解する者には片腹痛く思えたでもあろうああ云う手曳きならちっとやそっと辛いことがあっても己だって勤める感心するには当らぬと嘲る者も少くなかった。