されば佐助に憎しみをかけ春琴の美貌が一朝恐ろしい変化を来たしたらあいつがどんな面をするかそれでも神妙にあの世話の焼ける奉公を仕遂げるだろうかそれが見物だと云う全くの敵本主義からでも決行しないとは限らない。
要するに臆説紛々としていずれが真相やら判定し難いがここに全然意外な方面に疑いをかけようとする有力な一説があって曰く、恐らく加害者は門弟ではあるまい春琴の商売敵である某検校か某女師匠であろうと。
別に証拠はないけれどもあるいはこれが最も穿った観察であるかも知れないけだし春琴が居常傲岸にして芸道にかけては自ら第一人者をもって任じ世間もそれを認める傾向があったことは同業の師匠連の自尊心を傷け時には脅威ともなったであろう検校と云えば昔は京都より盲人の男子に下される一つの立派な「位」であって特別の衣服と乗物を許され尋常芸人の輩とは世間の待遇も違っていたのに、そう云う人が春琴の技に及ばないと云う噂を立てられては盲人であるだけに根強い意趣を含んだでもあろうし何とかして彼女の技術と評判とを葬り去る陰険な手段をも考えたであろうよく芸の上の嫉妬から水銀を飲ましたと云う例を聞くが春琴の場合は声楽と器楽と両方であったから彼女の見え坊と器量自慢とに附け込み再び公衆の面前へ出られぬように相を変えさせたと云うのである。