もし加害者が某検校にあらずして某女師匠であったとすれば器量自慢までが面憎かったに違いないから彼女の美貌を破壊し去ることに一層の快味を覚えたであろう。
かく色々と疑い得らるる原因を数えて来れば早晩春琴に必ず誰かが手を下さなければ済まない状態にあったことを察すべく彼女は不知不識の裡に禍の種を八方へ蒔いていたのである。
前記天下茶屋の梅見の宴の後約一箇月半を経た三月晦日の夜八つ半時頃すなわち午前三時々分に「佐助は春琴の苦吟する声に驚き眼覚めて次の間より馳せ付け、急ぎ燈火を点じて見れば、何者か雨戸を抉じ開け春琴が伏戸に忍入りしに、早くも佐助が起き出でたるけはいを察し、一物をも得ずして逃げ失せぬと覚しく、すでに四辺に人影もなかりき。