春琴は明治十九年六月上旬より病気になったが病む数日前佐助と二人中前栽に降り愛玩の雲雀の籠を開けて空へ放った照女が見ていると盲人の師弟手を取り合って空を仰ぎ遥かに遠く雲雀の声が落ちて来るのを聞いていた雲雀はしきりに啼きながら高く高く雲間へ這入りいつまでたっても降りて来ない余り長いので二人共気を揉み一時間以上も待ってみたがついに籠に戻らなかった。
春琴はこの時から怏々として楽しまず間もなく脚気に罹り秋になってから重態に陥り十月十四日心臓麻痺で長逝した。
雲雀の外に第三世の天鼓を飼っていたのが春琴の死後も生きていたが佐助は長く悲しみを忘れず天鼓の啼く音を聞くごとに泣き暇があれば仏前に香を薫じてある時は琴をある時は三絃を取り春鶯囀を弾いた。