実を云うと、私もその時その岩の上で打ち明け話を聞かされるまで委しいことは知らなかった。
―――と云うのは、前にもちょっと述べたように、彼と私とは東京の一高時代の同窓で、当時は親しい間柄であったが、一高から大学へ這入る時に、家事上の都合と云うことで彼は大阪の生家へ帰り、それきり学業を廃してしまった。
その頃私が聞いたのでは、津村の家は島の内の旧家で、代々質屋を営み、彼の外に女のきょうだいが二人あるが、両親は早く歿して、子供たちは主に祖母の手で育てられた。
実を云うと、私もその時その岩の上で打ち明け話を聞かされるまで委しいことは知らなかった。
―――と云うのは、前にもちょっと述べたように、彼と私とは東京の一高時代の同窓で、当時は親しい間柄であったが、一高から大学へ這入る時に、家事上の都合と云うことで彼は大阪の生家へ帰り、それきり学業を廃してしまった。
その頃私が聞いたのでは、津村の家は島の内の旧家で、代々質屋を営み、彼の外に女のきょうだいが二人あるが、両親は早く歿して、子供たちは主に祖母の手で育てられた。