ところでその曲の詞と云うのは、―――
いたわしや母上は、花の姿に引き替えて合しおるる露の床の内合智慧の鏡も掻き曇る、法師にまみえ給いつつ合母も招けばうしろみ返りて合さらばと云わぬ合ばかりにて、泣くより外の合事ぞなき、野越え山越え里打ち過ぎて合来るは誰故ぞ合さま故合誰故来るは合来るは誰故ぞ様故合君は帰るか恨めしやのうやれ合我が住む森に帰らん我が思う思う心のうちは白菊岩隠れ蔦がくれ、篠の細道掻き分け行けば、虫のこえごえ面白や合降りそむる、やれ降りそむる、けさだにも合けさだにも合所は跡もなかりけり合西は田の畦あぶないさ、谷峯しどろに越え行け、あの山越えてこの山越えて、こがれこがるるうき思い。
―――自分は今では、この節廻しも合いの手もことごとく暗んじてしまっているが、あの検校と婦人の席でこれをたしかに聞いた記憶が存しているのは、何かしらこの文句の中に頑是ない幼童の心を感銘させるものがあったに違いない。