あの辺は今でも南海電車を降りて半里も歩かねばならぬ不便な場所で、その時分は途中まで汽車があったかどうか、何でも大部分ガタ馬車に乗って、よほど歩いたように思う。
行ってみると、楠の大木の森の中に葛の葉稲荷の祠が建っていて、葛の葉姫の姿見の井戸と云うものがあった。
自分は絵馬堂に掲げてある子別れの場の押絵の絵馬や、雀右衛門か誰かの似顔絵の額を眺めたりして、わずかに慰められて森を出たが、その帰り路に、ところどころの百姓家の障子の蔭から、今もとんからり、とんからりと機を織る音が洩れて来るのを、この上もなくなつかしく聞いた。