津村はこれによって、母の生家が紙すきを業としていたのを知り得た。
それから母の家族の中に、姉か妹であるらしい「おりと」と云う婦人のあることが分った。
なおその外に「おえい」と云う婦人も見えて、「おえいは日々雪のつもる山に葛をほりに行き候みなしてかせぎためろぎん出来候えば其身にあいに参り候たのしみいてくれられよ」とあって、「子をおもうおやの心はやみ故にくらがり峠のかたぞこいしき」と、最後に和歌が記されていた。
津村はこれによって、母の生家が紙すきを業としていたのを知り得た。
それから母の家族の中に、姉か妹であるらしい「おりと」と云う婦人のあることが分った。
なおその外に「おえい」と云う婦人も見えて、「おえいは日々雪のつもる山に葛をほりに行き候みなしてかせぎためろぎん出来候えば其身にあいに参り候たのしみいてくれられよ」とあって、「子をおもうおやの心はやみ故にくらがり峠のかたぞこいしき」と、最後に和歌が記されていた。