なおその外に「おえい」と云う婦人も見えて、「おえいは日々雪のつもる山に葛をほりに行き候みなしてかせぎためろぎん出来候えば其身にあいに参り候たのしみいてくれられよ」とあって、「子をおもうおやの心はやみ故にくらがり峠のかたぞこいしき」と、最後に和歌が記されていた。
この歌の中にある「くらがり峠」と云う所は、大阪から大和へ越える街道にあって、汽車がなかった時代には皆その峠を越えたのである。
峠の頂上に何とか云う寺があり、そこがほととぎすの名所になっていたから、津村も一度中学時代に行ったことがあったが、たしか六月頃のある夜の、まだ明けきらぬうちに山へかかって、寺でひと休みしていると、暁の四時か五時頃だったろう、障子の外がほんのり白み初めたと思ったら、どこかうしろの山の方で、不意に一と声ほととぎすが啼いた。