たしか手紙のようなものが附いていたと思うけれども、今ではそれも見あたらない、ただ「大阪へやられた人」から譲られたものであることを聞き覚えている、と云うのみであった。
別に、附属品を収めた小型の桐の匣があって、中に琴柱と琴爪とが這入っていた。
琴柱は黒っぽい堅木の木地で、それにも一つ一つ松竹梅の蒔絵がしてある。
たしか手紙のようなものが附いていたと思うけれども、今ではそれも見あたらない、ただ「大阪へやられた人」から譲られたものであることを聞き覚えている、と云うのみであった。
別に、附属品を収めた小型の桐の匣があって、中に琴柱と琴爪とが這入っていた。
琴柱は黒っぽい堅木の木地で、それにも一つ一つ松竹梅の蒔絵がしてある。