そして、宮滝で俥を雇って、その晩泊めて貰うことにきめてあった国栖の昆布家へ着いた時は、すっかり夜になっていた。
私の見たおりと婆さんや家族たちの印象、住居の様子、製紙の現場等は、書き出すと長くもなるし、前の話と重複もするから、ここには略すことにしよう。
ただ二つ三つ覚えていることを云えば、当時あの辺はまだ電燈が来ていないで、大きな炉を囲みながらランプの下で家族達と話をしたのが、いかにも山家らしかったこと。
そして、宮滝で俥を雇って、その晩泊めて貰うことにきめてあった国栖の昆布家へ着いた時は、すっかり夜になっていた。
私の見たおりと婆さんや家族たちの印象、住居の様子、製紙の現場等は、書き出すと長くもなるし、前の話と重複もするから、ここには略すことにしよう。
ただ二つ三つ覚えていることを云えば、当時あの辺はまだ電燈が来ていないで、大きな炉を囲みながらランプの下で家族達と話をしたのが、いかにも山家らしかったこと。