いちばんうえの姫君はお茶々どのと申し上げて、まだいたいけなお児でござりましたが、このお児が後に太閤殿下の御ちょうあいをおうけなされ、かたじけなくも右だいじん秀頼公のおふくろさまとおなりなされた淀のおん方であらせらりょうとは、まことに人のゆくすえはわからぬものでござります。
でもお茶々どのはその時分からすぐれてみめかたちがおうつくしく、お顔だち、鼻のかっこう、めつきくちつきなど奥方に瓜二つだと申すことで、それは盲もくのわたくしにもおぼろげながらわかるような気がいたしました。
ほんとうにわたくしふぜいのいやしいものが、なんの冥加であゝ云うとうといお女中がたのおそばちこう仕えますことができましたのやら。