ことに信長公たび/\の御上洛にもかゝわらず、一ども使節をさし上げられたこともないので、それでは禁裏さまや公方さまにも恐れ多い。
しょせん織田どのを敵にまわしてはたとい朝倉と一つになっても打ちかつ見込みはござりませぬから、いまの場合はえちぜんの方へ申しわけに千人ばかりも加せいを出して、織田家の方はなんとか巧くつくろっておいたらいかゞでござりますと、そう申す人たちが多いのでござりましたが、それをきかれると御いんきょはなお怒られて、おのれら、末座のさむらいとして何を申す、いかに信長が鬼神なればとて、親の代からの恩をわすれ、あさくら家の難儀をみすてゝよいとおもうか、そんなことをしたら末代までの弓矢の名折れ、あさい一門の耻辱ではないか、わしはたった一人になってもさような義理しらずのおくびょうものゝ真似はせぬと、まんざをねめつけて威丈だかになられますので、まあ/\、そう御たんりょに仰せられずによく/\御分別なされましてはと、老臣どもが取りつきましても、おのれら、みなが此の年寄りを邪魔にして、皺腹を切らせるつもりじゃなと、身をふるわせて歯がみをなされます。
総じて老人と云う者は義理がたいものでござりますから、そう仰っしゃるのも一往はきこえておりますけれども、まえ/\から家来どもがじぶんをばかにするという僻みをもっていらっしゃるところへ、長政公がせっかく自分の世話してやった嫁をきらってお市どのを迎えられたということを、いまだにふくんでいらしって、それみたことか、おやのいいつけをそむいたればこそこんな仕儀になったではないか、この期におよんであのうそつきの信長になんの遠慮をすることがある、こうまであなどられながらだまって引っ込んでいるというのは、おおかた女房のかあいさにほだされて、織田家へ弓がひけぬとみえた、と、いくぶんか長政公へあてつける気味もあったのでござります。