もっとも主人のぶなが公のいもうと御であらせられ、けらいの身ではおよびもつかぬ高嶺の花でござりましたからまさかそのときにどうというおつもりもござりますまいが、なにぶん此のみちにかけましたらゆだんのならぬ秀吉公でござります。
みぶんのちがいと申しましても、ういてんぺんは世のつねのこと、とり分けえいこせいすいのはげしいのは戦国のならわしでござります。
さればながい月日のうちにいつかは此のおくがたをと、ひそかにのぞみをおかけなされましたやら、なされませなんだやら、えいゆうごうけつのこゝろのうちは凡夫にはかりかねますけれども、あながちこれはわたくしの邪推ばかりでもないような気がいたします。